「仕立て屋の恋」は、孤独と悲しみからスリルがにじみ出る、恋のサスペンスです。
そもそも、窓越しに相手を見つめるだけで満足できる男性と、生身の女性との間が上手くいくはずがありません。
今回は、パトリス・ルコント監督が「恋は人を傷つけるためにある」と語っているような映画「仕立て屋の恋」を紹介します。
「仕立て屋の恋」のあらすじとラストシーンについて
冒頭は、少女ピエレットが空き地で殺されているシーンから始まります。
22歳ということですが、パッと見は幼女のようにも感じられました。
さて、真っ先に疑われたのは、近所で仕立て屋を営むイール。
イールは孤独な独身の中年男。
ハツカネズミを飼い、ボーリングの名人という意外な面を持っています。
きれい好きで慎ましく身を処しているのに、なぜか近所の嫌われ者、という気の毒な人物です。
イールの唯一の楽しみは、夜ごと向かいの部屋の美しい娘、アリスを窓越しに見つめること。
ある日、暗い自分の部屋からアリスの窓を見つめていたイールの顔が稲妻の雷光でくっきりと浮かび上がります。
アリスは始めて彼の存在に気づきます。
でも、警察に通報するどころか、さりげなくイールに接近を試みるようになる。
ある意図を持って・・・。
アリスは手紙を書き、イールを食事に誘います。
喜びと戸惑いのうちにイールは誘いを受け、愛を告白することに。
ここが問題なのですが、アリスの本心を確かめるように、ピエレットが殺された晩、コートに血をつけたアリスの恋人エミールが、彼女の部屋に来たのを見ていた、と打ち明けてしまいます。
それこそ、アリスが知りたかったことなのに。
ついに、エミールが警察を怖れて逃亡します。
残された傷心のアリスに、イールはスイス行の切符を差し出します。
これからの全人生を賭けて、彼女を守ろうと。
出発の朝、イールは飼っていたハツカネズミを線路に放ち、駅に向かいます。
でも、アリスは現れない。
アパートに戻った彼を待っていたのは、刑事とアリス、それと証拠品のピエレットのバッグ。
アリスが自分の部屋から持ち込んだわけです。
彼女の裏切りに始めて気づいたイールは、「君を恨んでいないよ、ただ死ぬほど悲しいだけだ」とつぶやきます。
「仕立て屋の恋」を見た感想
イール役は、フランスの国民的スターのミシェル・ブラン。
コメディ出身とのことですが、孤独で感情を表に出さない役柄にピッタリだったと感じました。
「私は観察するのが好きなんだ」という彼のセリフが、全てにおいて受け身の、しかしあくまで知的な生き方を目指していることをうかがわせます。
でも、控え目でなるべく目立たないようにしていることがかえって、目立つ結果になってしまう、という皮肉も生み出してしまいます。
イールは、部屋に閉じこもっていて、窓から外の世界を眺める、自分からドラマの中に入っていかないで、あくまで観客でいたい。
でも、もったいないと思いました。
あれだけのボーリングの腕前があったのだから。
後ろ向きで投げたり、目隠しした状態でもストライクが取れるほどの技術があったのだから、ボーリングを楽しんだ後にその仲間たちと飲みにいけば良かったのに。
まあ、イールが飲めるとは特になかったと思いますが。
イールに見つめられる女性役は、サンドリーヌ・ボネール。
かつて、カトリーヌ・ドヌーブをしてぜひ共演させてもらいたいと言わしめた実力派です。
「仕立て屋の恋」以外では、「冬の旅」という彼女が主演している作品を映画館で観ました。
日本で初お披露目となった「愛の記念に」は見ていないんですよね。
他に、フィルモグラフィーを見て初めて知ったのは、ソフィー・マルソーを一躍有名にしたデビュー作「ラ・ブーム」で、彼女はエキストラとして出演していました。
尚、「仕立て屋の恋」はジョルジュ・シムノンの「イール氏の婚約」が元になっていて、原作だとアリスはもっとはすっぱな女性として描かれているそうです。
サンドリーヌ・ボネールが演じたアリスは、どこか知的で小悪魔的な女性でした。
劇中のブラームスの音楽について
映画でイールがアリスを見つめる場面に、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番がアレンジされた形で挿入されています。
音楽を担当したのは、マイケル・ナイマン。
私はこの映画が製作されたのと同じ1989年に、ピーター・グリーナウェイ監督の「コックと泥棒、その妻と愛人」の音楽で始めて知りました。
一見対極にあると思われるグリナーウェイとルコントですが、どちらの監督からも信頼を寄せられるナイマンの懐の深さを見せられた感じがしました。
ブラームスといえば、ルイ・マル監督の「恋人たち」でも弦楽六重奏曲第1番が使われていました。
恋愛映画にブラームスはぴったりなのかもしれませんね。
まとめ
「仕立て屋の恋」の映画を見終ってから、原作はジョルジュ・シムノンだと知りました。
シムノンというと、どうしても「黄色い犬」「男の首」などのミステリーのイメージがあったので、意外な感じでしたね。
原作のサスペンス色より、孤独な人間たちが織り成す一組のラブストーリーに昇華させたのは、ルコントの手腕といえるでしょう。
ただ、身の程をわきまえるのって難しいですね。
イールは、窓越しにアリスを見つめている時が一番幸せだった。
傍観者でいたい自分と、ドラマの主役になりたいアリス。
もともと住む世界が違うのに、魅かれてしまった男の悲劇を痛感しました。
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